副島隆彦 2012 幻冬舎新書
凄い。凄すぎる。あとは任せた,と学会。
2013年3月9日土曜日
2013年3月7日木曜日
箱根駅伝を歩く
泉麻人 2012 平凡社
私は箱根駅伝ファンである。また,かつて泉麻人氏の著書を読んで面白いと思った記憶もある。そこで,購入。しかし,結論を先に言えば,あんまり面白くないぞ,この本。いや,もしかしたら,東京や神奈川の地理に詳しい人であれば,結構面白いのかもしれない。しかし,東京や神奈川に直に住んでなくて,箱根駅伝のコース周辺について,土地名や道路名だけで位置関係やイメージが湧かない人にとっては,まったく面白くない。加えて,泉氏が実際に歩いて,コース周辺の名所旧跡を探訪するという企画だが,話の大半はその歴史的由来ばかり。平坦な紹介ばかりで話に浮き沈みがない。ときに,思い出したように無理矢理ランナーの気持ちと重ねたりして,それもあざとい。まぁ,「箱根駅伝地理派」と自称しているので,良いんだけど。半分まで読んで,読んでいて何も感じないので,読むのを止めました。
私は箱根駅伝ファンである。また,かつて泉麻人氏の著書を読んで面白いと思った記憶もある。そこで,購入。しかし,結論を先に言えば,あんまり面白くないぞ,この本。いや,もしかしたら,東京や神奈川の地理に詳しい人であれば,結構面白いのかもしれない。しかし,東京や神奈川に直に住んでなくて,箱根駅伝のコース周辺について,土地名や道路名だけで位置関係やイメージが湧かない人にとっては,まったく面白くない。加えて,泉氏が実際に歩いて,コース周辺の名所旧跡を探訪するという企画だが,話の大半はその歴史的由来ばかり。平坦な紹介ばかりで話に浮き沈みがない。ときに,思い出したように無理矢理ランナーの気持ちと重ねたりして,それもあざとい。まぁ,「箱根駅伝地理派」と自称しているので,良いんだけど。半分まで読んで,読んでいて何も感じないので,読むのを止めました。
2013年3月6日水曜日
教科書に載っていないUSA語録
町山智浩 2012 文藝春秋
アメリカという国のリアルな生活実態,アメリカ人のリアルな心象風景を垣間見るには,この,町山智浩氏の著書が良い。もちろん,これもまた町山智浩という人の目から見たアメリカだし,そもそも書いていることが全部本当かどうかも分からないけれど,とてもリアリティがあるし,かつ,軽くて面白い。この,町山氏のアメリカ話も面白いけど,本業?の映画評論の方もまた面白い。
アメリカという国のリアルな生活実態,アメリカ人のリアルな心象風景を垣間見るには,この,町山智浩氏の著書が良い。もちろん,これもまた町山智浩という人の目から見たアメリカだし,そもそも書いていることが全部本当かどうかも分からないけれど,とてもリアリティがあるし,かつ,軽くて面白い。この,町山氏のアメリカ話も面白いけど,本業?の映画評論の方もまた面白い。
2013年3月1日金曜日
現代坐禅講義:只管打坐への道
藤田一照 2012 佼正出版社
強為ではなく云為で坐る。坐禅は身体運動である。副題にあるとおり,道元の唱えた只管打坐とは何か,その本質を徹底的に追求した,良書中の良書です。著者の藤田禅師の言いたいことは痛いほど分かります。全面的に同意します。初心者,入門者でも坐禅の妙味は味わえるはずだし,そうでなければ坐禅ではない,という思いもよく分かります。坐禅に対する偏見を払拭したい,本来の坐禅を伝えたい。そのことを追求されている藤田禅師は素晴らしい。縁があれば,その座禅会に参加したい。まぁ,求めずとも,縁があれば会えるだろうし,縁がなければ会えないでしょう。ただそれだけです。しかし,やはり難しいのは,坐禅というものに初めて接する人にとっては,この本に書いてあることはたぶんあんまりピンと来ないのではないかと思う,ということです。坐禅をしてあれこれ考えて考えた末に,あれこれ自分なりに実践して実践した末に,あれこれ探求して探求した末に,ここに辿り着けば,この本に書いてあることは,本当に,なるほど確かにそうだ,そうそうこの感覚だ,こういうことなんだよ,というような,ためになることが宝石箱のように詰まっています。でもそれは,実践してきた人にしか,たぶん,なかなか伝わらないのかなとも思いました。坐禅とは何かを分かった上でやらないと時間の無駄になる,という本書のサブメッセージも,分かります。が,坐禅とは無縁だった人に坐禅とは何かを伝えるというのが,いかに難しいかということも改めて読んで感じます。空手も同様で,本来の空手とは何かを伝えるために,空手に対する偏見を払拭する必要があって,そうでなければ,本当の空手の良さは伝わらないし,せっかく空手(らしきもの)をやっても意味はないしと思いつつ,一体どうやってそれを伝えようかは,常日頃思い悩んでいますが,なかなか良い答えが見つかりません。試行錯誤です。藤田禅師が坐禅について目指そうとしていることと,同じだなと,読みながらつくづく思いました。でも,だから,本書は,その意味で意欲的で挑戦的な,良書中の良書です。日々坐ってる人にとっては,読んで損はない,必読書です。
強為ではなく云為で坐る。坐禅は身体運動である。副題にあるとおり,道元の唱えた只管打坐とは何か,その本質を徹底的に追求した,良書中の良書です。著者の藤田禅師の言いたいことは痛いほど分かります。全面的に同意します。初心者,入門者でも坐禅の妙味は味わえるはずだし,そうでなければ坐禅ではない,という思いもよく分かります。坐禅に対する偏見を払拭したい,本来の坐禅を伝えたい。そのことを追求されている藤田禅師は素晴らしい。縁があれば,その座禅会に参加したい。まぁ,求めずとも,縁があれば会えるだろうし,縁がなければ会えないでしょう。ただそれだけです。しかし,やはり難しいのは,坐禅というものに初めて接する人にとっては,この本に書いてあることはたぶんあんまりピンと来ないのではないかと思う,ということです。坐禅をしてあれこれ考えて考えた末に,あれこれ自分なりに実践して実践した末に,あれこれ探求して探求した末に,ここに辿り着けば,この本に書いてあることは,本当に,なるほど確かにそうだ,そうそうこの感覚だ,こういうことなんだよ,というような,ためになることが宝石箱のように詰まっています。でもそれは,実践してきた人にしか,たぶん,なかなか伝わらないのかなとも思いました。坐禅とは何かを分かった上でやらないと時間の無駄になる,という本書のサブメッセージも,分かります。が,坐禅とは無縁だった人に坐禅とは何かを伝えるというのが,いかに難しいかということも改めて読んで感じます。空手も同様で,本来の空手とは何かを伝えるために,空手に対する偏見を払拭する必要があって,そうでなければ,本当の空手の良さは伝わらないし,せっかく空手(らしきもの)をやっても意味はないしと思いつつ,一体どうやってそれを伝えようかは,常日頃思い悩んでいますが,なかなか良い答えが見つかりません。試行錯誤です。藤田禅師が坐禅について目指そうとしていることと,同じだなと,読みながらつくづく思いました。でも,だから,本書は,その意味で意欲的で挑戦的な,良書中の良書です。日々坐ってる人にとっては,読んで損はない,必読書です。
2013年2月9日土曜日
The Karate Way: Discovering the spirit of practice
Dave Lowry 2009 Shambhala
かの,Black Belt誌長期連載のDaveの空手エッセイ。空手や武道に関する思想的な話は,一つの考え方として非常に面白いしまた参考になるけれど,こと技術論になるとそれはどうなんだろうと思ってしまう。Daveは松濤館流です。たぶん,日本空手協会か国際松濤館の系統です。松濤館流は松濤館流なりの理合があり,それはそれで敬意を表するが,たとえば前蹴り蹴込みだとか横蹴りといった技について,それをやっている空手が正統な空手(というか,空手そのもの)と言わんばかりに技術論を事細かく書かれると,ちょっとどうかと思う。技術論的には,いろいろあるでしょう。横蹴り?糸東流の形には横蹴りなんてないぞ。膝への足刀蹴りはあるけど。前蹴りとて,「蹴込み」と称するものは,私のやる形にはないぞ(松濤館流では,確かに,蹴込みってのを稽古するね。横蹴りも然り)。もちろん,技術論でも原理原則について議論するなら良いけれども(それが空手的身体に関する核心的な身体論であれば),各論的な技術論は,賛否が分かれるところだから,他流から見れば滑稽に見える場合もありうることを,Daveは分かって書いているのだろうか。こんなに日本の歴史や空手や武道の背景に詳しいのに,技術的には松濤館流しか知らないような節があるところが,惜しいなぁ。他流に関しても,知識だけじゃなくて,ちょっとぐらい身体的に体験してみると良いです。部分的には結構違うけど,本質的には同じところがあるのが分かる。この本がDaveの2冊目だけど,もう買わないかも。
かの,Black Belt誌長期連載のDaveの空手エッセイ。空手や武道に関する思想的な話は,一つの考え方として非常に面白いしまた参考になるけれど,こと技術論になるとそれはどうなんだろうと思ってしまう。Daveは松濤館流です。たぶん,日本空手協会か国際松濤館の系統です。松濤館流は松濤館流なりの理合があり,それはそれで敬意を表するが,たとえば前蹴り蹴込みだとか横蹴りといった技について,それをやっている空手が正統な空手(というか,空手そのもの)と言わんばかりに技術論を事細かく書かれると,ちょっとどうかと思う。技術論的には,いろいろあるでしょう。横蹴り?糸東流の形には横蹴りなんてないぞ。膝への足刀蹴りはあるけど。前蹴りとて,「蹴込み」と称するものは,私のやる形にはないぞ(松濤館流では,確かに,蹴込みってのを稽古するね。横蹴りも然り)。もちろん,技術論でも原理原則について議論するなら良いけれども(それが空手的身体に関する核心的な身体論であれば),各論的な技術論は,賛否が分かれるところだから,他流から見れば滑稽に見える場合もありうることを,Daveは分かって書いているのだろうか。こんなに日本の歴史や空手や武道の背景に詳しいのに,技術的には松濤館流しか知らないような節があるところが,惜しいなぁ。他流に関しても,知識だけじゃなくて,ちょっとぐらい身体的に体験してみると良いです。部分的には結構違うけど,本質的には同じところがあるのが分かる。この本がDaveの2冊目だけど,もう買わないかも。
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