菊地暁(編) 2005 丸善
京大の共通科目「人文研的身体論のすすめ」というオムニバス講義を教科書にしたもの。どの章も飽きずに読める。が,面白くて印象に残るのは,編者でもある菊地氏の章。序章「寄せて上げる冒険」は,ブラジャーに関する論考。第4章「僕は,昔,皿洗いだった」は,京大生協食堂での皿洗いバイトに関する論考。どちらも語り口は軽妙,そして何より,アカデミックにブラジャーと皿洗いを語る様子は,この人の書く文章をもっと読みたいと思えるほど。さて,アマゾンで検索してみたけど,民俗学の学術書が二冊だけで,他には特にない。ネット検索してみると,未だ(2013年度)京大の助教のようでもある。この人,新書とか単行本をもっと書いたら,結構人気出て売れると思うんだけどねぇ。編集者の方々,是非この人をリクルートして世に出してください。
2014年1月12日日曜日
2014年1月7日火曜日
「死ぬのが怖い」とはどういうことか
前野隆司 2013 講談社
死にたくないと,普通,人は思う。これは死が怖いからではない。死んでしまうこと自体は別に怖くないけれど,でも,心の底からはっきりと死にたくないなぁと思うのはなぜだろう。その辺りが本書を読んで少しはっきりしました。私も前野氏と同様の意味で「死ぬこと」自体は全く怖くありません。その理由は本書に激しく同意です。が,死にたくない。本書は,死ぬこと自体は別に怖いことでもなんでもないということを懇切丁寧に説明している本として,とても良い。がしかし,ではなんでそれでも死にたくないと思うのかのところにはあんまりスポットを当てていない。私なりの現時点での答えとしては,自分の子どもと会えなくなるから,が一番の理由でしょうか。きっと,独身だったら,今この歳になって「死にたくない」と思わなかったかもしれない。独り身であれば,きっと生へのこだわりは究極的にはそれほどなく,そもそも死ぬこと自体も怖くないので,あとはせいぜい,死ぬときに痛かったら嫌だな,ぐらいしか「死にたくない」理由はなくなってしまう。いや,死んだらそもそも美味しいもの食えなくなるな,空手の稽古ができなくなるな,というのもあるから,そういうのが十分に生へのこだわりですね。今生かされていることに感謝して,精一杯満喫して生きましょう。
死にたくないと,普通,人は思う。これは死が怖いからではない。死んでしまうこと自体は別に怖くないけれど,でも,心の底からはっきりと死にたくないなぁと思うのはなぜだろう。その辺りが本書を読んで少しはっきりしました。私も前野氏と同様の意味で「死ぬこと」自体は全く怖くありません。その理由は本書に激しく同意です。が,死にたくない。本書は,死ぬこと自体は別に怖いことでもなんでもないということを懇切丁寧に説明している本として,とても良い。がしかし,ではなんでそれでも死にたくないと思うのかのところにはあんまりスポットを当てていない。私なりの現時点での答えとしては,自分の子どもと会えなくなるから,が一番の理由でしょうか。きっと,独身だったら,今この歳になって「死にたくない」と思わなかったかもしれない。独り身であれば,きっと生へのこだわりは究極的にはそれほどなく,そもそも死ぬこと自体も怖くないので,あとはせいぜい,死ぬときに痛かったら嫌だな,ぐらいしか「死にたくない」理由はなくなってしまう。いや,死んだらそもそも美味しいもの食えなくなるな,空手の稽古ができなくなるな,というのもあるから,そういうのが十分に生へのこだわりですね。今生かされていることに感謝して,精一杯満喫して生きましょう。
2013年12月21日土曜日
修業論
内田樹 2013 光文社新書
「するめ」のような本になればと願っていると,ご自身があとがきで書いておられる。噛めば噛むほど味が出る。たしかにそんな本になってます。一読しても分かるような分からないような箇所が数カ所あります。具体的にそれはどういう稽古でどういう状況のときどのような感覚になるのかを,事細かく言語化してくれればと思いましたが,そもそもそういう言語化が難しい可能性もあるし,あるいは内田氏が意図的にそこのところは言語化していないのかもしれないけれど,とにかく,そういう箇所もいくつかあって,そこは少し歯がゆいかな。しかし,それは,実際,たとえば合気をしてみないと分からない,つまり,身体的に内田氏のいう武道を体験しないと分からないかもしれない。合気はだから,空手とはまた違うアプローチを持った,ちょっと特別な武道かもしれないと,本書を読んで改めて思いました。
「するめ」のような本になればと願っていると,ご自身があとがきで書いておられる。噛めば噛むほど味が出る。たしかにそんな本になってます。一読しても分かるような分からないような箇所が数カ所あります。具体的にそれはどういう稽古でどういう状況のときどのような感覚になるのかを,事細かく言語化してくれればと思いましたが,そもそもそういう言語化が難しい可能性もあるし,あるいは内田氏が意図的にそこのところは言語化していないのかもしれないけれど,とにかく,そういう箇所もいくつかあって,そこは少し歯がゆいかな。しかし,それは,実際,たとえば合気をしてみないと分からない,つまり,身体的に内田氏のいう武道を体験しないと分からないかもしれない。合気はだから,空手とはまた違うアプローチを持った,ちょっと特別な武道かもしれないと,本書を読んで改めて思いました。
2013年12月11日水曜日
アップデートする仏教
藤田一照・山下良道 2013 幻冬舎新書
武道・武術専門誌『秘伝』に掲載される藤田先生との対談の収録時に,先生から直接いただいた一冊。ようやく読む時間が取れたので,読ませていただきました。仏教1.0から3.0へ向かう流れが,お二人のリアルな会話で展開される点が,非常にエキサイティングでした。結論を一言でまとめると,仏教3.0とは身体だ!ということでしょうか。身体。藤田先生の坐禅も『現代坐禅講義』にもある通り「身体」だし,山下先生の瞑想も「身体」です。ところで,『現代坐禅講義』を読んだときに書いたブログに,藤田先生とはご縁があればいつかきっと会えるでしょうと書きましたが,その通り,こうして会って対談することができました。縁に感謝。『秘伝』2月号(1月14日発売)に,対談掲載予定です。
武道・武術専門誌『秘伝』に掲載される藤田先生との対談の収録時に,先生から直接いただいた一冊。ようやく読む時間が取れたので,読ませていただきました。仏教1.0から3.0へ向かう流れが,お二人のリアルな会話で展開される点が,非常にエキサイティングでした。結論を一言でまとめると,仏教3.0とは身体だ!ということでしょうか。身体。藤田先生の坐禅も『現代坐禅講義』にもある通り「身体」だし,山下先生の瞑想も「身体」です。ところで,『現代坐禅講義』を読んだときに書いたブログに,藤田先生とはご縁があればいつかきっと会えるでしょうと書きましたが,その通り,こうして会って対談することができました。縁に感謝。『秘伝』2月号(1月14日発売)に,対談掲載予定です。
2013年12月5日木曜日
日本人の知らない武士道
アレキサンダー・ベネット 2013 文春新書
武士道の要諦は「残心」であり,死を意識することで生を全うすること,生きる上でバランス感覚を持つことであるとし,こうした武士道の優れた精神は武道(著者の場合は特に「剣道」)を通して獲得することができる,ということを訴えている良書。武士道(精神)とは本質的にはどういうことかを,時代時代の変遷も踏まえて平易な語り口で書かれているので,分かりやすい。そして,現代日本における武道の衰退への嘆きも本書のポイント。特に「柔道」における武士道精神(武道精神)の消失は救いがたいことを,本書の中で再三にわたって指摘しています。武道とは武士道であり,その精神性と宗教性に着目した考察の一つとして,参考になりました。
武士道の要諦は「残心」であり,死を意識することで生を全うすること,生きる上でバランス感覚を持つことであるとし,こうした武士道の優れた精神は武道(著者の場合は特に「剣道」)を通して獲得することができる,ということを訴えている良書。武士道(精神)とは本質的にはどういうことかを,時代時代の変遷も踏まえて平易な語り口で書かれているので,分かりやすい。そして,現代日本における武道の衰退への嘆きも本書のポイント。特に「柔道」における武士道精神(武道精神)の消失は救いがたいことを,本書の中で再三にわたって指摘しています。武道とは武士道であり,その精神性と宗教性に着目した考察の一つとして,参考になりました。
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